私は少し前まで、AI執事を売ろうとしていた。
名前は Tanuki Butler。
大量に増えたChatGPTの会話をまたいで、
「前に何の話してたっけ」
「この開発、どこまで進んでたっけ」
「昨日の続き、誰かやっといて」
みたいなことを片付ける。
要するに、
人間がチャットを探し回らなくても、AIの方が仕事を覚えていてくれる仕組み
を作ろうとしていた。
自分で使ってみると、これがなかなか便利だった。
知り合いに話したら、
「それ欲しい」
とも言われた。お。
需要あるんちゃうか。
私はすぐ調子に乗った。
個人用だけじゃなく、商用品にしよう。
インストーラーを作ろう。
Windows再起動後も勝手に起きるようにしよう。
GitHubにつながるようにしよう。
一般の人でもターミナルを触らず使えるようにしよう。
タヌキ執事、商品化計画である。
そこへ本家が来た
2026年9月29日。
OpenAIが Dots を発表した。
常時動くAIエージェント。
専用のクラウドコンピューターを持つ。
ユーザーの仕事を覚えていく。必要なときだけ人間に判断を返す。
4,000以上のアプリにもつながる。
私は説明を読んだ。
もう一回読んだ。
そして思った。
おい。
いや。
待て。
それ、
ワイが今売ろうとしてるやつの、めちゃくちゃ強い版やないか。
規模が違う。
こっちはタヌキ一匹。
向こうはOpenAIである。
しかも向こうの執事はGPT-6 Astraを積んで、自分のクラウドPCまで持っている。
こっちのタヌキはWindowsの片隅で一生懸命働いている。
勝負にならん。
商用化、終了
私はその日のチャットで言った。
商用品のバトラーは一旦開発を停止する、本家からDotsというエージェントがやってきてしまったのでお金を払ってタヌキを買うお客さんの見込みがなくなってしまった。
数週間かけて、
「どうやったら一般の人でも使えるか」
を考えていた商品である。
そのロードマップが、
OpenAIのブログ記事一本で凍結された。
悲しい。
でも、ちょっと面白い。
個人開発というのは、
「完成するか」
だけではなく、
完成するまで市場が待ってくれるか
というゲームでもあるらしい。
ところが、個人用タヌキは捨てなかった
ここで変なことが起きた。
商用品は止めた。
でも、
自分用のTanuki Butlerは今も欲しい。
むしろ毎日使いたい。
なぜか。
Dotsが弱いからではない。
たぶん逆である。
本家は圧倒的に強い。
でも私のタヌキには、
私のチャットの散らかり方、
私の開発プロジェクトの名前、
私が途中で飽きるポイント、
「所長は判断する。タヌキが片付ける」
という謎のルール。
そういう、
他人にはほぼ価値のない変な事情
がぎっしり入っている。
ここは本家が強くなっても、意外と残る。
さらに数日後、もっとひどいことに気づいた
私はTinyFishというクラウドブラウザーも使っていた。
AIにWeb操作を任せるための外部サービスである。
便利だった。
ただし、有料。
ある日クレジットが切れた。
AIが言う。
「チャージすれば続けられます」
私は思った。
いや、ちょっと待て。
タイニィフィッシュはお金ないからタヌキブラウザ使って?
そういえば、外部ブラウザー代を減らすために、
Tanuki Browserまで作り始めていた。
執事を作る。
本家が執事を出す。
ブラウザー代が気になる。
ブラウザーも作る。
気づけば、
節約しようとするたびにタヌキが一匹増える。
もはや事業なのか、害獣被害なのか分からない。
ここでようやく、個人開発の「堀」が少し分かった
少しだけ真面目な話をする。
今回、かなり分かりやすい経験をした。
大手AI企業がその気になれば、
「AIで要約する」「AIがタスクを覚える」
「AIがブラウザーを操作する」
みたいな汎用機能は、ものすごい速度で本体へ入ってくる。
だから、
機能そのものを商品価値の中心にすると怖い。
昨日まで商品の目玉だったものが、
翌朝には標準機能になり得る。
一方で残りやすいのは、
その人固有のデータ、
変な業務フロー、
ローカル環境とのつながり、
何年も積み上がった文脈、
そして、
「なぜこんな仕様になったのか説明できないけど、本人には妙に便利」
みたいな部分だった。
これは万人向け商品としては弱い。
でも本人にとっては強い。
皮肉なものである。
なので、タヌキ執事は死んでいない
商用版Tanuki Butlerは凍結した。
これは今も正しい判断だと思っている。
OpenAIと正面から、
「うちのAI執事の方が便利です」
と殴り合う理由はない。
無茶である。
タヌキに熊と相撲を取らせるようなものだ。
でも個人用は残す。
Dotsに任せた方がいい仕事はDotsへ。
ChatGPTに任せた方がいい難しい仕事はChatGPTへ。
ローカルで安く片付けられる仕事はタヌキへ。
そうやって役割を分ければいい。
最初は、
「AI執事を作って売る」
という話だった。
数週間後には、
「本家のAI執事に仕事を取られないよう、自分専用タヌキの生息域を考える」
という話になった。
だいぶ話が変わった。
でも、個人開発ってたぶんこういうものなんだと思う。
計画通り作るより、
途中で何か巨大なものが降ってきて、
「ほんならどうする?」
と考えている時間の方が長い。
そして現在。
Dotsもいる。
ChatGPTもいる。
Codexもいる。
タヌキ執事もいる。
タヌキブラウザもいる。
競合が増えた結果、
なぜか私の手元のAIも増えている。
商用化は止めた。
増殖は止まっていない。